お米づくりのはじまり
今年もお米づくりが始まりました。貯蔵していたモミに水をかけ、眠りから覚めてもらいます。
お米はアペルイでは貨幣。大地というバンクに預金すると半年でとんでもないほどの利子が実ってくれます。
この星では、本当はすべてのものはフリーでギフトされる完璧の生態系システムが存在しているはずで、長らく人もその恩恵を受けてお金なしで暮らしていたことがわかっています。しかし、先祖は腐らないお金をエンジンとするシステムを発明して、その輪から外れてしまいました。
お金を得ることに夢中になっているとどうやら、この生態系システムを破壊してしまうことになってしまって、地球全体が生きものにとって生きづらくなってきたぞ、というのが貨幣経済の現在進行形。それが貨幣経済の末路だとも言われ始めています。
貨幣という便利なものを利用したい気持ちになった起源はお米じゃないかなと思っています。お米は一年以上貯蓄できるので、富をため込むことができるようになり、暮らしが劇的に安定したと言われています。しかし、干ばつや洪水などの天災が起きても、その安定を保つために、不安症の人間が次にとった行動は、隣の村の土地や水資源を奪ってでもより安心、安定を得るという武力での征服。そして、その行為は各所で連鎖し、統合され、やがて国という概念が生まれました。日本の戦国時代や、アイヌの迫害、西洋の奴隷制度、植民地化などなど。世界中で今もなお、お金という兵器でマネーゲームをしながら国どうしで資源の奪い合いをしています。
今は、血を流さないように、市民の感情を刺激しないよう巧みなカラクリが成り立っていて、暴動や戦争が起きないようにしながらうまーく他国の資源を搾取しています。もし現代が平等で平和な世界で、搾取のない世だというのなら、アフリカもアジアも南米のインディオもリザベーションに追いやられたネイティブアメリカンも生活水準は皆日本と同じでないとおかしいです。貧富の格差は年々開くばかり。。僕らが気持ちよく消費活動している水面下では、今この瞬間にも。。 血と涙が流れているとイマジンします。
日本で言うなれば、弥生時代がはじまった3000年前から現代まで「ずっと」奪い合いをやってきているのが人間という生きもの。日本の食料自給率がどんどん下がっているのに廃棄する残飯が年々増えている現象が端的にその事実を物語っているように思います。
現代の常識は、この3000年間で培われた「争いで負けないための精神」から生み出されているように思います。
その3000年より前には、実は14000年以上も続いてきた縄文時代という期間があります。弥生時代から現代までの4倍以上。縄文遺跡からは武器などは程んど出土せず、自然を破壊することなく、自然のめぐみを得ながら持続可能に生きていたといわれています。縄文時代にはすでに稲作がおこなわれ、巨大木造建築を施工する技があり、船をつくり世界を航海していたことが近年わかりはじめ、高度な文明だったことが証明されつつあります。
富を蓄積しながらも、分け合い、平和的に生きていく術が、原始的と軽視されがちな人類の過去に眠っていると僕は思っています。その英知は書物にはいっさい残されてはいません。その眠りを我が精神に呼び起こすには。
その封印を解く技は、大地に根をしっかり下ろし、種をまき、他の資源をあれこれ買い奪わず、自ら食べものを育むことから始まるように思います。
目を覚ましておくれお米さん
目を覚ませ、眠る俺の縄文スピリット!
縄文と弥生の英知から新時代の創造をイメージして
今年もお米づくりスタートっ!